鹿児島大学少林寺拳法部
Kagoshima University Shorinji Kempo Club
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OB便り
昭和45年入学 織地 哲也さん 大阪府在住


卒業して長い年月が過ぎましたが、学生時代の思い出は今も強烈に心に残っており、懐かしく思い出されます。
私の卒業後の勤務先は大阪府吹田市、故郷は奄美大島です。そのため、帰省の途中に鹿児島を経由し、時折、母校を訪ねていました。旧部室はかなり長い間残っていました。部室に吊るされていたサンドバッグを叩いたり、蹴ったりしたこともあります。今思い返すと、とても懐かしく、楽しい思い出です。
基礎鍛錬を終えた後、工学部前から「歩調、1・2・3」と声を掛けながら中郡まで歩き、そこから競走したコースや、よく遊んだ騎射場周辺も歩きました。部活動で遠出した城山、初めて桜島に向かって大声で名乗ったこと、南洲墓地の厳しい階段登りなども、忘れることができません。昭和43年入学の先輩方の演武、なかでも仙波先輩の姿は、私たちにとって憧れでした。
なお、教育学部内に移転した新しい部室にも、二、三度訪ねたことがあります。ある時、偶然練習を見学しました。その時は女性が主将を務め、ほかに女性部員と男性部員が一人ずつおり、後藤先生が昇級試験の技を指導されていました。
今般、鹿児島大学少林寺拳法部が単独演武で全国大会で一位となったと聞いた時は、本当に驚きました。そこに至るまでには、相当な鍛錬と努力があったものと思います。
拳法部が、私たちの時代の質実剛健な気風を受け継ぎながら、新しい時代にふさわしい部活動へと発展していることをうれしく思います。これからの後輩たちの活躍を楽しみにしています。
また、同期との交流も続いています。同期の庵原さん、南さんとは、退職後に始めたテニスがきっかけとなり、再び交流が深まりました。最初は南さんが庵原さんを自宅に招き、三日間、さまざまな仲間と一緒にテニスを楽しみました。その後は庵原さんが福岡の自宅へ招待し、同じように三日間、テニス三昧の日々を過ごしました。そして2020年3月6日から9日まで、今度は私が二人を故郷の奄美大島へ招き、旧交を温めました。若き日の苦楽を共にした仲間との再会は、何ものにも代え難い、最高の時間です。(※添付の写真はその時のもの)
私は、奄美大島南部にある瀬戸内町古仁屋で育ちました。その時の旅行では古仁屋を拠点として、奄美大島さまざまな場所を案内しました。3月6日は加計呂麻島を一周し、翌7日はマネン崎展望台、ヤドリ浜、ホノホシ海岸、高知山展望台など、古仁屋周辺の景勝地を巡りました。8日は嘉徳海岸を訪れ、マングローブ原生林でカヌーを体験した後、金作原原生林へ向かいました。最終日の9日は、宇検村の湯湾岳展望台と大浜海浜公園を訪ねました。奄美の豊かな自然の中で、同期の仲間と新しい思い出を重ねることができました。
ほかでは、同期の山﨑さん、松尾さんとも交流が続いています。山登りが趣味の山﨑さんに誘われ、関東の高尾山に一緒に登ったこともあります。
泊まりがけの旅行が難しくなってからも、2025年には京都を訪れ、金閣寺、龍安寺、仁和寺を見物しました。
今年の秋には、叡山電車沿線の紅葉を楽しみながら比叡山に登り、延暦寺を訪ねたいと思っています。
さて、卒業から半世紀以上が過ぎました。しかし、鹿児島大学少林寺拳法部で過ごした青春の日々と、苦楽を共にした同期との絆は、今も変わることがありません。これからも健康に気をつけながら、仲間との交流を大切にしていきたいと思います。(織地哲也)

